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みらいの出発点

written by 齊藤 貴義 on

みらいの出発点

3-10tyo07下町の老舗のラーメン屋さんや和菓子屋さんで食事をしてみて、「おいしい!」と思った経験はありませんか? ご自身の戦争体験を若い世代へ語り伝えようとしている高齢者の方々のお話を聞いたことはありませんか?老舗のお店の深みのある味も、高齢者の方々の戦争体験談も、いずれも「次の世代へ何かを残していきたい」という人間の営みから生まれてきたことであると思います。そして、そういう”情報の継承”という 発想でもって、社会問題に対して何か有効な情報拠点を築き上げていくことはできないだろうか、というのが”みらい”の出発点です。

Q.みらいって簡単にいうとどんなサイトですか?

isrA.次世代情報都市”みらい”は、学問やジャーナリズムなど様々な方法を駆使して、次の世代への情報の伝達を目指す仮想都市空間です。具体的な活動としては、政治、経済、社会、科学技術、国際、環境、教育、文化、芸術、家族など、あらゆる種類の社会問題の情報を都市空間の中に集積し、解決策の考案やシミュ レーションを行っていきます。比喩的に表現するならば、「伝統の味」の中から何か「新しい味」を発見できないかと試行錯誤を繰り広げている「調理場」のようなサイトです。伝統の味というのは、今までの学問やジャーナリズムの情報蓄積や、人々の情熱などを指します。新しい味とは、現代社会が抱える数々の問題群の解決策を指します。

Q.次世代への情報の伝達とは何ですか?

be9f8339A.私達人間は、有史以前から、「次の世代へ何かを伝えていくこと」に情熱を傾けてきました。文字がない時代には一族の語り部が、森の獣の倒し方、家畜の育て方、実り豊かな穀物の栽培方法、死者の埋葬の仕方、当時の人々の世界観などを口承によって語り継いできました。その情熱がやがて文字の発明を生み、そして文字によって様々な世代を経て蓄積された膨大な知恵が、世界のいくつかの地域に文明の芽を用意することとなりました。

文明が形成された後も世界の発展の基盤となったのは、この「次の世代へ何かを伝えていくこと」への情熱でした。有名無名、老若男女、古今東西を問わず、様々な人々が、家庭で、学校で、職場で、社会で、何事かを次世代へと伝えようと努力してきました。さらにまた、異端と呼ばれる新しい考えを有する人々が出現 したときも、その考えを次世代へと継承しようとする人々が必ず出現し、やがて歴史や真実を塗り替えていきました。今日の私達の発展は、まさに次世代へ向けての絶えることのない情熱の歴史でもあります。この情熱によって、ある世代だけでは解決困難だった問題の是正を促したり、次の世代へのさらなる豊かな選択 肢を用意し、未来への大きな進歩を約束してきました。20世紀が終わりを迎え、21世紀が幕を開けた今、私達は実に様々な知恵を受け継ぎ、そして残そうとしています。

fst65しかし今、その私達の築いてきた文明にも、ほころびが目立つようになってきました。政治・経済・社会・家族・国際情勢・地球環境・科学技術などあらゆる分野で、様々な問題群が噴出し、解決策の見つからないまま次の世代へと引き継がれようとしています。さらに、情報化社会の進展によって社会の進歩は急激に加速していますが、その情報の洪水の中で、未消化のまま消費されてしまったり埋もれてしまった有為な情報もあります。つまり、社会の構造が複雑になりつつあるなかで、次の世代への情報の伝達という人間の基本的機能が、その力を失いつつあるわけです。

“みらい”は、次世代への情報の継承を復活させることを目指しています。”みらい”には、管理人や訪問者から寄せられた「次の世代へ残したい情報」を情報化して集積します。さらに、学問やジャーナリズムの手法を駆使して現代の問題群を分析し、それらへの有為な解決策を次世代へ提唱していきます。”みらい” は、人間の「知恵」と「教訓」の限界への挑戦であり、「私達」と「これから」をつなぐ架け橋でもあります。”みらい”には、立法府たる市議会も、市民の広場もあります。集積された情報を元に、この仮想都市でシミュレーションを行うことができます。運営者である僕が取材した情報も多数提供していきます。機動力と徹底した情報の分析によって”みらい”を支えていきます。

Q.なぜ仮想都市の形態をしているんですか?

A.都市は私達の身近な生活空間です。したがってそこには建前と本音が複雑に交錯しています。一般に私達が天下国家を語る時、美しい言葉や美しい政策になりがちですが、それが自分達の身近な生活空間に関係してくるとなると、そうではなくなる場合があります。典型的な問題として原子力政策や基地政策における 「国益」と「地域住民の生活」の問題がありますし、さらに細かく見ていくならば、ゴミ問題・教育問題・環境問題・経済政策などについても、同様の二重基準 が存在しています(詰め込み編重の教育制度を批判しつつ、ゆとり教育がスタートすると自分の子供を学習塾へ通わせる親etc…)。このような二重基準 を意識して情報収集やシミュレートを行わなければ、次世代への情報の伝達は絵に描いた餅で終わるでしょう。身近な生活実践の中で情報を捉え直す。これは” みらい”の考え方の中心部分でもあります。

Q.なぜ学問とジャーナリズムの手法が必要とされるのですか?

Science Express in BerlinCreative Commons License photo credit: opyhA.社会問題を考えていく際、私達が注意しなければならないのは、問題の本質が巧妙に隠蔽されていることが往々にして存在するということです。ここでいう隠蔽とは、誰かが貴重な情報を隠している場合もあるでしょうし、「社会」が複雑な連関の中で私達の認識の「視座」を見当はずれなものにさせている場合もあ るでしょう。このような状況下で私達が社会問題を把握し、その解決策を考えていくためには、常識や美しい言葉にとらわれるのではなく、厳密な分析やデータ 収集を行っていく必要があります。そのために科学の手助けが必要となるわけです。しかし科学だけでは、厳密な分析は行えても、一般の人に対して問題の重要性を伝えたり、「現場」の実態を把握するのは困難です。ここでジャーナリズムの手法が必要となってきます。人々にわかりやすい切り口で問題を伝え、現場の様子も同時に伝えていく必要があります。このように、学問とジャーナリズムの手法が相互補完的に作用してこそ、次世代への情報の伝達も可能になると考えて います。

Q.そもそも社会問題とは何でしょうか?

dyurukemuA.社会問題という問題設定は、道徳的なものも含めた私達の多様な価値基準から逃れることはできません。典型的な例として犯罪が挙げられるでしょう。何をもって犯罪とするかは社会によって大きく異なっています。例えば日本にとって麻薬所持は犯罪となりますが、オランダでは麻薬が一部解禁されています。社会 的不平等の問題でも価値基準の困難がついてまわります。”みらい”では社会的不平等を扱ったコンテンツを多数用意して問題視する姿勢を打ち出していますが、社会的不平等を今以上に是正していくべきかどうかを巡っては、多様な価値からの議論が可能でしょう。健全な社会には一定程度の競争と格差が必要であ り、それを取り払ってしまったら社会の活力が失われるのではないか、という考え方も成り立ちうると思います。そのような考え方に立つと、健全な格差を強引 に是正していくことこそが社会的な問題となってくるでしょう。

このように、社会問題には何かそれ特有の本質があるのではなく、私達がそれを社会問題であると認識し、普段の行為の中でその認識を実践するとき、それは初めて「社会問題」となるわけです。 社会問題とは何より相対的なものであり、社会的に構築されたものであるわけです。このような中で社会問題を語り、分析し、解決策を考えていくことには、一 定の限界が存在するでしょうし、逆にそういう営みが問題を深刻化させてしまうというベクトルが働くことも考えられない話ではありません。実際問題として、 「そうであるにもかかわらず」私達は社会問題とされるものを捉えて直面していかざるをえないわけですが、私達が何をどこまで語り得るのかを知るために、たえず上記の視点を維持していこうと考えています。

Q.みらいはどうやって運営されているんですか?

A.管理人の個人的な信念とやる気で運営されています。仕事の合間や休日などを使って情報を整理し、更新しています。個人でやっているため、”みらい”は、実在するいかなる政治団体、宗教団体、市民団体とも無関係です。

タグ: 次世代情報都市みらい


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