あまりきちんと自己紹介していなかったですね。
皆さん、あらためてはじめまして。みらい管理人こと齊藤貴義です。

↑バーテンダーを目指していた頃の写真です。ずいぶん昔。
以下に簡単に自己紹介させて頂きますね。
名前・生物的特徴編
名前
名前は齊藤 貴義(さいとう たかよし)。HNは、みらい管理人またはmiraihack。
生年月日
生年月日は1979年9月11日。29歳。2001年の22歳の誕生日にアメリカ同時テロが発生しました。2005年の26歳の誕生日に第44回衆議院議員総選挙で郵政民営化を訴えた自由民主党が圧勝しました。元々は日本で初めて公衆電話が開通した日。
ジェンダー
ジェンダーは男性。セクシャル・マイノリティにも理解がありますが、生物的にも社会的にも自己自認も男性です。自分も含め、社会はジェンダーを巡る文化や秩序の中に組み込まれているんだなと思うことがよくあります。「男性は男性らしく」「女性は女性らしく」という意識は、社会の見えにくいところで現在もなお根深く存在しています。社会的性差の構築過程を、社会的言説や統計調査などで明らかにしていく現代のジェンダー研究に強い関心があります。
何でもかんでも男性も女性も同じ文化にしていくラディカル・フェミニズムの一部の主張には疑問を感じますが、生まれてきた性別で言われなき不利益を与える社会とならないよう、バランスのとれた社会にしていく必要性を感じています。そのためにも、近年の数量研究や言説研究をもとにしたジェンダー研究の成果が広く人々に知識として共有されるよう願っています。
身長・体重・血液型
身長は171cm、体重は67kg、血液型はO型。この前、健康診断を受けたのですが、総合判定がGでした。
総合判定:G
血液検査にて、中性脂肪と空腹時血糖の高値を認めます。また、血圧が
正常上限で、胸部レントゲン検査にて心拡大を認めます。腹囲が基準値を
やや上回っていますので、内臓脂肪による影響が考えられます。食事に
注意をし、適度な運動を心がけ、無理のない減量をおすすめします。
6ヶ月後を目安に再検査をお受けください。
臓器
たぶんアルコールで臓器はボロボロになっていると思いますが、いちおうドナーカード(臓器提供意思表示カード)を持ち歩いています。僕は脳死後、心臓・肺・肝臓・腎臓・小腸・眼球を提供する意思があります。
社会的属性編
現住所
現住所は東京都千代田区。皇居のある区です。千代田区の面積の約15%は皇居です。国会議事堂・最高裁判所・首相官邸もあります。僕のマンションは秋葉原駅近くにあります。僕のマンションが建っている場所は江戸時代には大名屋敷があったそうです。
職業
株式会社ライブドアでWEBディレクターとして働いています。担当コンテンツはlivedoor Readerとlivedoor クリップです。所属はメディア事業部ブログビジネスユニット企画グループです。
前職では東京のIT企業でシステムエンジニアの仕事をしていました。主にネットワークインフラの設計・構築です。他にもCTI(Computer Telephony Integration)やGIS(Geographic Information System)、SNS(Social Networking Site)、CMS(Contents Management System)、医療機関検索システムなどの技術開発に従事していました。
子供の頃になりたかった職業
幼稚園の頃は「電車の運転手」。みんなを乗せてどこまでも、どこまでも走っていく電車を自分で運転してみたいと思っていました。小学生の頃は「漫画家」。とにかく絵を描くのが好きで、しょっちゅう暇を見つけては絵を描いていました。中学生の頃は「軍事評論家」。湾岸戦争の影響かもしれない…。高校生の頃は「研究者」か「政治家」。
最終学歴
大東文化大学国際関係学部国際関係学科中退。高校3年生の時、遠距離恋愛していた恋人の隣町の大学だったので入学しました。その後、恋人と別れてから、今の大学、そして自分自身や周囲に疑問を感じ、退学を決意。社会での風当たりは強いですが、後悔はしていません。退学したことも、2年間の大学生活を送ったことも。
大学での専攻
南アジア(特にインドの政治経済)。様々な人種、民族、宗教、価値観が混在するインド。そのインドが歴史的に形成してきた国際システムを研究していくことによって、国際社会における民族紛争などの様々な対立を是正していく糸口はないかということを考えていました。1998年でその考えを持ったのは早すぎた。
出身都市
福島県相馬市(人口4万)。福島県の北端近くにあります。仙台にも近い。日本史に詳しい方ならば、戦国大名「相馬氏」でピンとくるかも。伊達政宗と激戦を繰り広げて最後まで負けなかった大名家です。鎌倉から幕末まで700年間、1度も領地がえのなかった家柄としても有名(全国的に見て、他には島津家や相良家しかないそうです)。関ヶ原の合戦で中立の立場をとったため、江戸幕府は相馬家を取り潰そうとしますが、辛くもこの危機を脱します。
江戸時代には二宮尊徳の二宮仕法を取り入れて藩政の改革に乗り出します。幕末には奥羽越列藩同盟に参加して新政府軍と交戦しています。市内あちこちに遺跡や歴史的建造物があります。伝統行事「相馬野馬追い」でも有名。ホッキ貝を中心に海産物も豊富にとれます。最近は火力発電所が建設されたり工業コンビナートが整備されるなど、太平洋に面した地形を活かした電力工業地帯としての発展に賭けているようです。古くからある商店街として田町商店街がありますが、最近はイオングループ系のジャスコに押されています。
出身高校
福島県立相馬高等学校理数科。県内で4番目くらいに古い高校(旧制中学)です。太平洋戦争中、旧制相馬中学の卒業生が、1944年のレイテ海戦で歴史上初めて編成された神風特攻隊に参加しました。僕が入学した頃は普通科は男子のみで、理数科は男女共学でした。最近は全面的な共学化に向けての準備が行われているようです。理数科とは名ばかりの文系コースも存在する進学クラスで、授業内容も受験対策に特化していて退屈で、高校時代はよく学校をよくさぼっていました。僕が卒業した後、普通科も含めて全面共学となり新校舎が建てられたようです。
趣味・発想編
パソコン
パソコンは1993年頃からやっていました。1996年にパソコン通信の草の根BBSに参加。1997年にインターネットを始めました。当時はまだパソコン通信の方が濃くて面白かったです。1998年に自分のWEBサイトを作り始めました。2001年にデザインはフルCSS化(当時はブラウザの互換性に泣かされた)。2002年にCGIをいじり始め、2003年にMovable Typeでブログを始めました。同年に自宅のマシンをLinuxに変更しました。自作PCも複数台つくりました。
よく読むマンガ
闇金ウシジマ君
好きなタレント
飯島直子
尊敬する歴史上の人物
支倉常長(戦国時代末期、伊達政宗の命でスペイン・ローマへ派遣された人。)、大黒屋光太夫(江戸時代に遭難してアリューシャン列島に漂着。ロシアの首都ペテルブルグで女帝エカテリーナ2世に謁見。その意思と行動力には脱帽)
将来行ってみたい場所
宇宙。子供の頃から夜空を見るのが好きで、「いつか普通の人も星に行ける時代が来るのかな」と色々な空想を広げていました。地球もまだ美しい星だけれど、一生地球だけを這い回って生きるだけなのはちょっと退屈だなと思っています。最後は地球に帰ってくるにしても、資源が豊富な星、人間が住める星、さらには宇宙の果てを見つける旅に出てみたい。現実的には、仮に実現できたとしても月面旅行や火星旅行になりそうですが…。
希望する自分の埋葬方法
自分が死んだら、腐敗が進む前に死体を山に捨ててほしいと思っています。自然の動物達や虫達に自分の体を食べられたい。そうすれば、かつて僕だった有機物の一部は鳥になって空を舞うし、また別な一部は分解されて豊かな大地の礎となります。火葬骨になって孤独に埋葬され続けるよりも、生態系の食物連鎖に貢献したいと思っています。こういう部分は自然主義者です。現在の法律では死体遺棄が禁止されているので実現はちょっと困難ですが…。
その他
高校生の時、高校生クイズ選手権で全国大会に

日本テレビ主催 第16回全国高等学校クイズ選手権の東北予選で優勝 全国大会出場(書籍より。一番右が僕です)
高校生の時、TBS筑紫哲也のニュース23に出演

高校生の時、筑紫哲也のニュース23に出演しました
大学時代は雄弁会に所属

・全関東学生雄弁連盟新人弁論大会 質問賞
・東京大学催新人ディベート大会 優秀賞
・法政大学春秋杯弁論大会 優勝
・中央大学花井記念ディベート大会 優勝
・東京大学総長杯新人弁論大会 第2の部突破
・全関東学生雄弁連盟ディベートリーグ 立教大学に勝利 日本大学に勝利 中央大学に勝利 防衛大学校に勝利 駿河台大学に勝利 東京大学に勝利)
・全関東学生雄弁連盟King of Debate 準優勝 観客特別賞
・雄弁会 幹事長就任
・全関東学生雄弁連盟ディベート委員会判例集を担当
そんな感じでマニアックなヤツですが、どうかよろしくお願いします〜!
現在の私達にとって、恋愛結婚はごく一般的な結婚形態として広く普及しています。しかし、近年の社会学やジェンダー研究の発展によって、人々が恋愛と結婚を強く結びつけて考えるようになったのがごく最近になってから、より明確に言うならば「近代」になってからであることが明らかとなってきました。恋愛結婚はどのような歴史的経緯を経て普及してきたのでしょうか。
このような状況が一変して、恋愛と結婚を結びつけた「恋愛結婚」の発想が広く普及していくのは、17世紀から18世紀にかけて西洋でロマンチックラブの隆盛が起きてからでした。産業革命で飛躍的に発展しつつあった西洋では、社会構造が急激に変化し、一部の商工業者が富裕市民(ブルジョワジー)として台頭します。富裕市民の出自は必ずしも高い身分であったわけではありませんが、やがて旧来の支配階級であった貴族をおびやかすまでになります。まず、この富裕市民の中で恋愛観に変化が生じます。
一方、日本の場合はどうだったのでしょうか。日本でも性的自由はやがて失われてくるのですが、その経緯については西洋と大きく異なります。近代西洋ではロマンチックラブ・イデオロギーが勃興して恋愛結婚が活発化しましたが、日本では近代になって勃興してきたのは恋愛結婚ではなく、見合い結婚でした。日本と西洋はなぜそれぞれ別の道を歩んだのでしょうか。以下でその歴史を見ていきましょう。
明 治以来、日本の社会科学は(その名の通り)西洋からの輸入概念である「社会」を主たる分析対象としてきた。「社会」と「世間」はイコールではない。日本に おける「世間」概念は、社会よりも強固に擬人化され、ウチとソト、私的領域と公的領域が複雑に絡み合う独自の共同認識である。公共圏論などで度々指摘され ることだが、日本人には西洋ほど明確な「公」と「私」の絶対的分立が見られず、いわゆるウチがソトに対して同心円状に相対的に広がる構造を持っており公私 の境目は曖昧である(ウチの家族、ウチの部署、ウチの会社、ウチの町、ウチの国)。
パ ノプティコンとは…ベンサムが18世紀に考案した近代的な監獄施設。円環状に配置された建物の中心に監視塔を建て、すべての囚人を見渡せるようにしたも の。一望監視施設とも呼ばれる。ここで重要なのは、「自分が見られているかもしれない」という可能性を与えることである。薄暗い監視塔にいるのは、実は子 供や老人かもしれないし、あるいは誰もいないかもしれない。しかし、見られている可能性があるために、囚人の側に自己監視の作用が生じて、規格化され矯正 されていく。フーコーは『監獄の誕生』の中で、ここに権力の本質があると唱えた。パノプティコンのような発想は、学校、病院、工場、兵舎などの様々な近代 施設に見られ、権力を自動的なもの、非人格的なものにしているとした。たえず誰かの監視の可能性があるパノプティコンのような社会は、外部からの重圧によ る人格的な権力よりもはるかに過酷な管理を可能とする。
下町の老舗のラーメン屋さんや和菓子屋さんで食事をしてみて、「おいしい!」と思った経験はありませんか? ご自身の戦争体験を若い世代へ語り伝えようとしている高齢者の方々のお話を聞いたことはありませんか?老舗のお店の深みのある味も、高齢者の方々の戦争体験談も、いずれも「次の世代へ何かを残していきたい」という人間の営みから生まれてきたことであると思います。そして、そういう”情報の継承”という 発想でもって、社会問題に対して何か有効な情報拠点を築き上げていくことはできないだろうか、というのが”みらい”の出発点です。
A.次世代情報都市”みらい”は、学問やジャーナリズムなど様々な方法を駆使して、次の世代への情報の伝達を目指す仮想都市空間です。具体的な活動としては、政治、経済、社会、科学技術、国際、環境、教育、文化、芸術、家族など、あらゆる種類の社会問題の情報を都市空間の中に集積し、解決策の考案やシミュ レーションを行っていきます。比喩的に表現するならば、「伝統の味」の中から何か「新しい味」を発見できないかと試行錯誤を繰り広げている「調理場」のようなサイトです。伝統の味というのは、今までの学問やジャーナリズムの情報蓄積や、人々の情熱などを指します。新しい味とは、現代社会が抱える数々の問題群の解決策を指します。
A.私達人間は、有史以前から、「次の世代へ何かを伝えていくこと」に情熱を傾けてきました。文字がない時代には一族の語り部が、森の獣の倒し方、家畜の育て方、実り豊かな穀物の栽培方法、死者の埋葬の仕方、当時の人々の世界観などを口承によって語り継いできました。その情熱がやがて文字の発明を生み、そして文字によって様々な世代を経て蓄積された膨大な知恵が、世界のいくつかの地域に文明の芽を用意することとなりました。
しかし今、その私達の築いてきた文明にも、ほころびが目立つようになってきました。政治・経済・社会・家族・国際情勢・地球環境・科学技術などあらゆる分野で、様々な問題群が噴出し、解決策の見つからないまま次の世代へと引き継がれようとしています。さらに、情報化社会の進展によって社会の進歩は急激に加速していますが、その情報の洪水の中で、未消化のまま消費されてしまったり埋もれてしまった有為な情報もあります。つまり、社会の構造が複雑になりつつあるなかで、次の世代への情報の伝達という人間の基本的機能が、その力を失いつつあるわけです。
A.社会問題という問題設定は、道徳的なものも含めた私達の多様な価値基準から逃れることはできません。典型的な例として犯罪が挙げられるでしょう。何をもって犯罪とするかは社会によって大きく異なっています。例えば日本にとって麻薬所持は犯罪となりますが、オランダでは麻薬が一部解禁されています。社会 的不平等の問題でも価値基準の困難がついてまわります。”みらい”では社会的不平等を扱ったコンテンツを多数用意して問題視する姿勢を打ち出していますが、社会的不平等を今以上に是正していくべきかどうかを巡っては、多様な価値からの議論が可能でしょう。健全な社会には一定程度の競争と格差が必要であ り、それを取り払ってしまったら社会の活力が失われるのではないか、という考え方も成り立ちうると思います。そのような考え方に立つと、健全な格差を強引 に是正していくことこそが社会的な問題となってくるでしょう。