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	<title>次世代情報都市みらい &#187; 経済</title>
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		<title>マクドナルディゼーション</title>
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		<pubDate>Wed, 13 May 2009 12:18:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>齊藤 貴義</dc:creator>
				<category><![CDATA[経済]]></category>
		<category><![CDATA[マクドナルド]]></category>

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		<description><![CDATA[「あのいまいましい会社め。やつらは私のすべてを金のために売っているのだ。わたしには世界で一番すばらしいソースがあったのに、ちくしょうめ、やつらがわたしのソースを水で薄めやがった。胃の腑が煮えくり返る」 （ケンタッキーフラ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「あのいまいましい会社め。やつらは私のすべてを金のために売っているのだ。わたしには世界で一番すばらしいソースがあったのに、ちくしょうめ、やつらがわたしのソースを水で薄めやがった。胃の腑が煮えくり返る」<br />
（ケンタッキーフライドチキンの創始者、カーネル・サンダースが友人に語った言葉。ジョージ・リッツァ『マクドナルド化する社会』より）<br />
　</p>
<h3>マクドナルディゼーション（マクドナルド化）</h3>
<p>マクドナルディゼーション・・・ファーストフード店の諸原理が、世界の国々のますます多くの分野で優勢を占めるようになる過程。</p>
<p>・1996年〜1997年にマクドナルドが全世界に行った出店のうち、20パーセントは日本で行われた。2001年現在、日本には3000店ものマクドナルドが存在し、長期的には10000店達成を目指している。</p>
<p>・マクドナルドが急速に拡大した過程には、以下の４つの要因がある。</p>
<h4>１．効率性</h4>
<p>多様な社会状況の中で、マクドナルドは効率の最大化を追求した。すなわち、生産過程を簡素化し、商品の単純化をはかることによって、消費者に空腹から満腹へ移動するための最良の方法（迅速な調理、ドライブスルー）を提供したのである。</p>
<p>生産過程においては、あるゆる実験が繰り返されて、最も効率的に調理可能な方法がマニュアル化された。駐車場を店舗に隣接させたので、わずかな距離を歩いて店舗に入り、わずかな時間で食事ができる環境を実現させた。また、商品の種類が限定されているので、客は膨大な種類の中から選択する手間がなくなった。</p>
<p>さらに、マクドナルドの効率化に何よりも貢献したのは、「客に働かせる」という作用であった。マクドナルドにおいて、客は、列をつくって注文を告げにいく。そして食べ物をテーブルまで運び、ゴミを捨て、トレイを片づける。ドライブスルーの場合には、食事をする場所の確保やゴミの処分も客自身が行うことになる。伝統的なレストランがやっていた作業を客に行わせ、かつ、それを客に非効率と思わせないことによって、マクドナルドは効率化に成功したのである。</p>
<h4>２．計算可能性</h4>
<p>マクドナルドは、計算可能性も重視した。ここで言う計算可能性とは、販売商品の量的側面（分量と費用）、サービス（商品を手に入れるまでにかかる時間）のことである。客がマクドナルドで売っている商品の量と費用を考え、それがどれくらいの時間で提供されるかを考えていること、に目をつけた。そして、何かが沢山あること、商品の手渡しが迅速であることを「商品の質も良いものに違いない」と思わせ、「大きいものは良いことだ」と思わせることに成功した。</p>
<p>だが、実はこの計算可能性の利点は、まやかしにすぎない。バーガーを包んでいるやすいパンは、実際よりも大きく見せるように調理されている。さらに、量についての幻想を助長するために、バーガーや様々な付け合わせはパンズからはみだすように大きさが設計されている。ポテトも、赤い紙の入れ物に入っているところに仕掛けがあるが、実際は値段相応のわずかなポテトしか入っていない。ジュースも、氷の分量を多くすることによって実際よりも大きく見せかけている。これらのことは、マクドナルド化されたファーストフード店が莫大な利益をあげていることからも明らかである（バーガーキングでは、フライは経費の400パーセントで売られ、飲み物は600パーセントの利幅を含んでいる）。それゆえ、消費者の計算は間違っている。消費者は、安くたくさんの食べ物を得ているわけではなかったのだ。</p>
<p>さらに、マクドナルドは生産過程においても様々な仕掛けを導入している。「ファテライザー」を導入して、ハンバーガーの脂肪が規格どおり19パーセント以下になるようにしている。脂肪含有量が多いと調理中に縮んでしまって、パンからはみだすほどの大きさをアピールできないからだ。</p>
<h4>３．予測可能性</h4>
<p>マクドナルドは、提供する商品とサービスが、いつでもどこでも同一である。さらに、マクドナルドは、今週食べても来年食べても、味はまったく同じである。マクドナルドは高度にマニュアル化されたプログラムにもとづき、材料の種別などを厳格に規定している。そして、人々は、それを「知っている」。人々は、そこそこの味を楽しみ、意外な驚きがほとんど存在しない世界を選考するようになってきている。</p>
<p>また、店員も予測可能な仕方で振る舞う。マクドナルドに入店すると店員が何を話すのか、どんな動作をするのか、客はあらかじめ予測できる。マニュアルに基づいて予測される行動に、人々は安心感を感じる。店員の側から見ても、仕事が楽になり、迷いなく効率的に作業できる。実際、予測可能で繰り返しの多い作業を好む店員も多い。</p>
<p>マクドナルドは店の構造の複製も行っている。マクドナルドの赤と黄色の派手なロゴは、予測可能性の感覚を想起させることをねらっている。「コピーされた色とシンボルは、何マイル先でも、またどんな都市でも、予測可能性やマクドナルドと何百万もの客とのあいだの長い年月にわたって変わることのない関係を暗に約束するものとして作用する」。カウンター、メニューの看板、奥に見えるキッチン、テーブルと椅子、目立つゴミ箱、ドライブスルーの窓、どれもが予測を裏切らずどこでも同一である。</p>
<h4>４．制御</h4>
<p>マクドナルドは、できるだけ人間によらない技術体系の開発を長年にわたって続けてきた。人間が判断する分野をできるだけ少なくし、より管理しやすいシステムを築いた。たとえば客は、行列すべきライン、限られたメニュー、追加注文の品数の少なさ、やや座り心地の悪い椅子など、経営戦略上必要な「早く食べてすぐに出ていけ」という方向に誘導されている。従業員は客よりも高度に制御される。従業員は、教えられたとおり正確に、ごく限られた業務をするように訓練される。店長や監視員は、従業員が自分の職務をきちんと果たしているかをチェックする。</p>
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		<title>スーパーマーケットの災害救援活動</title>
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		<pubDate>Wed, 13 May 2009 12:16:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>齊藤 貴義</dc:creator>
				<category><![CDATA[経済]]></category>
		<category><![CDATA[スーパー]]></category>

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		<description><![CDATA[1995年１月17日、阪神大震災によって神戸や淡路島は甚大な被害を被りました。多くの家や商店が倒壊もしくは炎上し、人々の生活を支えるライフラインも寸断されました。しかし、そのような中で特に目立った対応を示したのが企業、と [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>1995年１月17日、阪神大震災によって神戸や淡路島は甚大な被害を被りました。多くの家や商店が倒壊もしくは炎上し、人々の生活を支えるライフラインも寸断されました。しかし、そのような中で特に目立った対応を示したのが企業、とりわけダイエーです。ダイエーは政府よりも早く震災対策に乗り出し、震災後すぐに被災者へ向けて店を開くことに成功しました。ダイエーの迅速な対応を支えたものは何だったのか、災害時における地域のスーパーマーケット の役割とは何か、ここで考えていきたいと思います。</p>
<h3>阪神大震災におけるダイエーの対応</h3>
<p><strong>▼1995年01月17日（火）</strong></p>
<p><strong>05:46　地震発生。</strong><span style="color: #000099;">ダイエーは被災地域に展開していた43店舗のうち13店舗が全壊。</span><br />
<span style="color: #003300;">05:55　大阪管区気象台が地震情報第１号。陸上自衛隊八尾駐屯地、格納庫からヘリコプターを出す作業を開始。<br />
06:30　陸自中部方面隊に非常呼集発令。神戸市市長が登庁。警察庁が地震災害対策室を設置。<br />
06:15　警察庁、全国の機動隊に出動待機を命令。<br />
06:35　神戸市長が登庁。<br />
06:40　兵庫県災害対策本部設置。<br />
06:50　神戸市災害対策本部設置。</span><br />
<span style="color: #000099;">07:00　ダイエーが東京に地震対策本部を設置。</span><br />
<span style="color: #003300;">07:14　八尾空港から陸上自衛隊ＯＨ−６観測用ヘリコプターが離陸、被災地を上空視察。「高速道路が倒壊している」と無線連絡し、ハンディ・ビデオで被害状況を撮影。出動要請がないため訓練名目。</span><br />
<span style="color: #990000;">07:30　村山富市首相が公邸で地震第一報を聞く。 </span><br />
<span style="color: #003300;">07:58　陸上自衛隊第３師団所属第36普通科連隊が、阪急伊丹駅で人命救助活動に入る。</span><br />
<span style="color: #000099;">08:00　ダイエーが地震対策会議を開く。中内会長が販売統括本部長にヘリコプターで神戸へ飛ぶよう指示。おにぎり、弁当など1,000食分と簡易衛星通信装置を搭載。ヘリコプター、フェリー、タンクローリー、トラックを手配。</span><br />
<span style="color: #003300;">08:11　海上自衛隊の救難ヘリコプター、Ｓ−61Ａが徳島県松茂基地を離陸、淡路島の被害状況を撮影。午後２時頃、防衛庁へ届く。また厚木基地に空輸した写真は、そこから車で午後４時半防衛庁に到着。<br />
08:20　貝原俊民兵庫県知事が登庁。</span><br />
<span style="color: #990000;">08:30　兵庫県が第１回県災害対策本部会議開く。被害状況の把握と各部の迅速な対応を指示。</span><br />
<span style="color: #003300;">08:45　村山首相「被害状況の把握に全力をあげております。今後被害の状況に応じ、万全の対策を講じてまいる所存であります。」<br />
09:00　自衛隊第三特科連隊出動準備完了。呉地方総監部、補給艦「ゆら」が神戸に向けて出港。<br />
09:30　神戸ヘリポートから神戸消防のヘリコプターが離陸。<br />
09:40　神戸消防のヘリコプターが上空から市長に「火災発生は20件以上。市の西部は火災がひどく、東部は家屋倒壊が目立つ」と報告。市長は直ちに県知事に自衛隊派遣を検討するよう電話で要請。<br />
10:00　貝原兵庫県知事、自衛隊の派遣要請。自治省消防庁は大阪、東京、名古屋、広島の消防局に応援を要請。</span><br />
<span style="color: #990000;">10:04　定例閣議が開かれる。国土庁長官を本部長とする「平成七年兵庫県南部地震非常災害対策本部」の設置を決定。 </span><br />
<span style="color: #000099;">11:00　ダイエーの対策本部員がヘリコプターで現地へ出発。</span><br />
<span style="color: #003300;">11:25　国土庁で「兵庫県南部地震非常災害対策本部」の初会合<br />
12:00　東京警視庁のレスキュー部隊など150名がヘリコプター６機で出発。<br />
12:06　千葉市消防局のヘリコプターが救助隊員５人をのせて出発。<br />
12:45　東京消防庁のレスキュー部隊がヘリコプターで被災地へ出発。午後防衛庁がヘリコプターによる航空消火の許可と消防当局が保有する消火剤の引渡しを自治省消防庁に求めたが、空からの消火断念の回答が翌18日午前８時にくる。<br />
12:48　淡路島・一宮町役場の中庭に自衛隊ヘリ三機が到着。隊員がオートバイで被害調査を実施。 13:10　渋滞に阻まれていた陸上自衛隊第三特科連隊215人が到着。救助活動を開始。</span><br />
<span style="color: #000099;">13:45　ダイエーの対策本部員がポートアイランド到着、「現地対策本部」を設けて、復旧に向け活動開始。</span><br />
<span style="color: #990000;">14:38　政府調査団（小沢国土庁長官）19人が自衛隊機で埼玉・入間基地を出発。</span><br />
<span style="color: #003300;">15:05　村山首相、災害対策で緊急会議。<br />
16:20　国土庁長官ら、ヘリコプターで被災地を上空から視察。</span><br />
<span style="color: #990000;">18:20　国土庁長官、現地入り。</span><br />
<span style="color: #003300;">18:30　通産省が緊急物資の確保を各業界に要請。</span></p>
<p><strong>▼1995年01月18日（水）</strong></p>
<p>ダイエー、ヘリコプター３機の手配完了。フェリーと共に空海の物資海上輸送を展開。ヘリコプターは八尾空港、同社茨木食品センターから神戸市中央区のポートアイランドに物資を降ろした。西宮店などの店頭で被災者に飲料水を提供。被災地の店舗で24時間営業を開始する<span style="color: #000099;">。</span></p>
<p><strong>▼1995年01月19日（木）</strong></p>
<p>ダ イエー、自衛隊のヘリコプターを使って被災地にある店舗へ物資を緊急輸送。兵庫県伊丹市から神戸市北区にある消防学校に水や食料品を空輸。そこから同社の 配送車で各店に届けた。午前中に３便で計十数トンの物資を輸送した。これとは別に、フェリーによる輸送も引き続き実施している。フェリー船では、食料品な どを積んだトラック48台を大阪・南港から兵庫県の東播磨港まで海上輸送し、兵庫県下の21店舗に配送した。大阪方面からの陸送が、交通渋滞で困難になっているための措置。一方ヘリコプターでも同日午前中に計２回、伊丹空港から神戸市北区の学校まで水や食料品などを空輸し、ダイエーやローソンの店舗に配送 した。</p>
<p><strong>▼それ以外の措置</strong></p>
<p><span style="color: #000099;">関 東や中部地方から物資を被災地へ優先的に輸送。被災地の店舗に物資を「必要以上に」大量に陳列する（中内会長の終戦直後の体験・・・商品が店頭になくなればパニックが起きる。どんなときにも商品を供給し続けるのが商人の使命だ。それが街に活力を生む）。全壊して営業が困難な店舗でも、電気を灯し、テントで過ごす被災者への希望の光になるよう願いを込めた。</span></p>
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